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『縁日』

今夜は花火大会だ。
悪さをしないという条件付きで、スカーはキンブリーを祭りに連れ出した。

追われる身ということもあって日頃あまり外出することはない。
必要最低限の買い物や仕事のとき以外は隠れ家にこもっている。
研究書さえあればいくらでも暇つぶしのできるキンブリーだったが、
錬金術関係の本など買えば足が付いてしまいかねないのでうかつに手を出すことができない。
ましてや爆破練成などもってのほかである。
爆破を好む彼を満足させるような実験はできない。
そもそも戦場で性癖を満たしていた彼のそんな物騒極まりない欲求は
かなえられるはずもなかった。あくまで逃走劇を続けるならばと言うことだが、
キンブリーが今の生活を捨てて人間兵器に戻ることは無い。

ひっそりと隠れて暮らし町を点々とする生活。
捕まることは無いが、自由というには程遠い単調な生活にフラストレーションを溜めていた。
スカーに関しては禁欲的で我慢強い民族柄か、さほど苦痛には感じていない。
むしろ以前と比べて同居人がいることで大分生活にバリエーションが出たと思っているくらいだ。
しかし、口には出さないがキンブリーが暇を持て余しているのは一目瞭然だった。
躾のできていない動物のように、ことあるごとにかまえ遊べとスカーに要求してくる。
それが迷惑なわけではないが、堕落した生活を送ることはできない性質である。
迷惑なわけではないと言うか誘惑されると手を出したくなるのが人間というものだが、
そういう本能と良識ある大人である自分との間の葛藤がどちらかと言うとしんどいスカーだった。

久しぶりに町に出られてキンブリーは上機嫌だった。
立ち並ぶ露店で売られる縁日特有の食べ物に興味深々といった感じである。
リンゴ飴やカキ氷を買ってきゃっきゃとはしゃいでいる様子は可愛くないことも無い。

「普通のリンゴ飴は大きくて食べにくいし、ほぼリンゴなので飴の部分が少ないでしょう？」
だから姫リンゴ飴にしました。

杏ほどの大きさのリンゴ飴の説明をしながら着色料で紅く染まった飴を舐めている。
カキ氷は定番のレモン味を選んだようだ。

「あなたは何味にします？」

無邪気な笑顔を向けられる。

「…遠慮しておく」

成人男性がふたり仲良くカキ氷もないだろう。

「あげませんからね」

そう言ってノリの悪いスカーに唇を尖らせる。
しかし次の瞬間、黄色の氷の乗ったプラスチックのスプーンが差し出される。

「嘘ですよ、ハイ」

ひく、とこめかみが動いたが素直に一口頂くスカーだった。

色とりどりの光の粒が夜空に散った。
ワンテンポ遅れて大気を震わせる轟音が響く。
花火の打ち上げが始まった。
シンプルなまるいかたちのものや柳のように火花が尾を引くもの、
ぱっと弾けてから異なった色が瞬時に現れるもの
カメラのストロボのような強い閃光をはなつもの
ハートのマークやスマイルが浮かび上がるもの…
キンブリーは幼い子供のように丸い目をして花火に見入っている。
戦場での爆撃と違い、繊細な色で夜空に趣向を凝らした絵を描く花火の様子に見とれていた。
それでもなにより心地良いのは
離れていても体の奥底まで振動させるようなその轟き。
それを少し目を細めて堪能していた。

爆破に執着するキンブリーを
スカーは複雑な気持ちで見守る。

折り重なるように何発もの花火が咲き乱れ、
比べようもないほどの轟音と共にフィナーレを迎えた。
見物客は三三五五家路につく。
スカーもキンブリーを促して歩き始める。

おとなしくついて来るのを確認して前を向いていると
ふいに夜空に轟音が轟いた。
見上げると特大の、見たことのないような真っ赤な花火がひとつ夜空に花開いていた。

「…」

少し後ろを振り向けば
両手を広げてにんまりと微笑むキンブリーの姿。
ざわめく観客の「今年はすごいね」などという賛辞に何故か得意顔である。
おとなしくしていると思えば、最後の最後に…
どうです、すごいでしょうと言わんばかりのキンブリーに近づき、
全く悪びれる様子のないその顔を小脇に抱える。

「？」

次の瞬間、渾身の力をこめて両拳でキンブリーのこめかみをぐりぐりと圧迫した。

「い―…っ!!……!!」

半泣き、ではなくぽたぽたと涙をこぼして頭を抱える。

「…痛いです……」

確かにあの拳でぐりっといかれると…想像したくもない。
制裁を加えるとスタスタと先に行ってしまったスカーを追う。

すっかり人気の無くなった帰る道々、
心の底から満足した様子で隣を歩きながら

「またつれてきてくださいね」

と、子が親に約束をねだるようにつぶやいた。

花火を見るだけの設定のはずなのにいつの間にか露店で遊んどるがなこのふたりは…
しかも書いているうちにキンブリーが浴衣を着ているような妄想をしていました。
しかもカキ氷はレモン味ですか。いっぺん死んできます。